小話








映画を観る時間は無駄な時間




と仰る人はつまり、なんとなく観ている人ではないか。

あるいは低俗な商業映画を観たりだとか、年間視聴本数を正義とする人なら感じ得るかも知れない。


YOUTUBEで誰それのルームツアーや私物紹介の動画を観る10分 15分、
電車の中で本を読まない5分 10分と比較すると遥かに有意義な120分なのだ。


また、オススメをBlogやSNSに書き連ねることも
老若男女、季節、私生活それぞれに向けたものがあるわけで、
幕の内弁当的な全方位型の勧めは浅はかであり危険な行為である。






こんな小話がある


フランス語能力の等しいA, B, Cという3人の日本人青年がフランス人家庭の食事に招かれたとする。
会話が映画談義になった。
Aは有名大学の講師でフランス映画についての知識が高い。
Bは編集者でフランス映画より日本映画に詳しい。
Cは料理人で映画はあまり観ない。

Aはフランス人たちの会話に有名な映画監督の名前が出るたびに、やたらと「知っている、知っている」と嬉しそうに相槌を打ち、誰それは他にこういう映画も撮っていると補足する。
しかし、ウィキペディア的な解説に辟易したフランス人に「それで、あなたは何を言いたいの?」と突っ込まれるとAは黙ってしまう。
やがて、フランス人から「日本の映画はどうなっているの?」という質問が出ると、Bが何人かの監督の名前を出し、その人となりや作品を紹介しながら、自分がどのように影響を受けてきたかを話す。聞いていたフランス人たちは「今度、その監督の映画を観てみよう」とか「じゃあ、フランス映画では、こんな作品を観れば、君はきっと気に入るよ」と、Bにアドバイスする。
話がひと段落すると、自分は今まであまり映画を観たことがない、とCが話す。映画を観る時間があれば、自分は料理のレシピ本を読むのだと。だが、レシピにも名文と駄文があって、「例えばこんな文章では、まるで映画の名ゼリフのように僕は今でも暗記しているのです」とその一節を朗読して場を沸かす。

その夜、3人が帰った後にはBが 〈Intelligent (知的なやつ)〉、Cが〈Sympathique (気のいいやつ)〉、そしてAには〈Qu'est-ce qu'il est con (なんてアホなんだ)〉 という評価が下されるのである。



日本にはAのようなタイプが多い。
観たものや読んだものに気の利いた感想を言えるようになるまで、何度も繰り返し視聴し、読み込むことが
「映画を観る時間、あるいは本を読む時間が無駄な時間ではない」に繋がるのだ。







Sasako / Godard Director 
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